大判例

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横浜地方裁判所 昭和54年(ワ)140号 判決

原告

大貫一雄

右訴訟代理人

寒河江晃

高橋理一郎

湯沢誠

被告

海老名市

右代表者市長

左藤究

右訴訟代理人

橋田宗明

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実《省略》

理由

一原告が昭和四〇年一〇月被告に臨時職員として採用され、翌四一年一月本採用となり、主事補を命ぜられて商工課、民生課に勤務し同四四年七月主事を命ぜられ、同年一〇月から同四六年七月まで農産課に勤務したことは当事者間に争いがない。

二原告の被告における農薬散布の状況

〈証拠〉によれば、

1  原告は、昭和四四年一〇月以降被告農産課農産係に所属し、畜産担当者として養豚、酪農農家の指導及びアメリカシロヒトリの消毒防除の公務を担当していた。

2  被告は、昭和四五年及び同四六年海老名市内の樹木に発生したアメリカシロヒトリを防除するため有機燐系農薬であるデイプテレックスの散布を行つた。その担当者は被告農産課農産係の原告、鈴木猛、内山一郎及び中野徹であり、農産係長の命令を受けて原則として原告及び鈴木並びに内山及び中野が二人一組になつて実施したが、その期間は六月中旬から七月下旬まで及び八月上旬から九月下旬までであつた。

3  原告が右の期間公務としてデイプテレツクスを散布した回数は、被告において認める昭和四五年度(同年六月から同年一〇月まで)の二〇回及び同四六年度の八回(同年五月二五日、二六日、六月一日、二三日、二五日、二八日、二九日、三〇日)の外、同四六年四月二六日、五月一五日、六月三日、一一日、一二日、一四日、一五日の七回、合計三五回であつて、散布時間は一回につき一時間ないし一時間半であつた。

4  原告は、デイプテレックスを散布する際においては、容量一〇〇リツトルの水槽タンク、自動噴霧器、ホース等を装備した防除車を使用し、デイプテレツクス一〇〇ccを右水槽タンクに入れた上水を加えて希釈度六〇〇倍ないし一〇〇〇倍の水溶液を作つてこれを散布していた。

5  原告は、薬剤散布に当つては、被告から支給された作業着、長靴、帽子、ゴム手袋並びに自ら用意したマスク、白衣を着用し、上方に向つて散布するときでも風向き等を考慮しできる限り薬剤が身体にかからないよう注意して行つた。

以上の事実が認められる。右認定に反する〈証拠〉は前掲証拠と対比してたやすく措信できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

三原告の疾病及びその発症の経緯

〈証拠〉を総合すると、

1  原告は、昭和一五年一二月二〇日生れの男子であつて、同三四年神奈川県立相原高校畜産科を卒業した後、約二年間家業の農業を手伝い同三五年に草花、種苗、農薬等を販売する坂田種苗株式会社に就職して運搬の仕事に従事していたが同三九年一二月右坂田種苗を退職し、同四〇年一〇月被告に採用された。原告は、この間昭和三八年七月に厚木市所在の近藤病院において十二指腸潰瘍の手術を受けたほかは、身体に格別の異常はなかつた。

2  原告は、昭和四五年九月三日胃部不快感、下腹部膨満感を主訴として海老名市所在の植田医院で診察を受けたが、同医院の植田脩医師は原告に視力障害、唾液分泌過多、歩行障害等の異常並びに錐体外路症候群を認めなかつたため、血液等の有機燐の分析検査は行わずに、慢性胃炎、急性咽頭炎と診断した。原告は同医院で同月一九日まで胃炎等の治療を受けた。

さらに原告は、翌四六年七月五日及び同月七日心窩部痛及び咽頭痛を訴え前記植田医院で診断を受けたところ、植田医師は問診及び他覚的所見からみて慢性胃炎、急性咽頭炎と診断し血液等の有機燐の検査はしなかつた。

3  原告は心窩部のもたれ、圧迫感、軟便、食思不振、嘔気、肩凝り、全身倦怠等の症状により、同年七月一三日、相模原市所在の森下胃腸病院に入院して治療を受け、同年一二月二〇日軽快の為退院し、その後同四八年一月八日まで同病院に通院したが、同病院の森下甲一医師は血液等の有機燐の分析検査を行うことなく、原告を慢性胃炎、胃切除後消化障碍、肝機能障碍と診断した。

4  原告は、同四七年二月二二日、全身倦怠感により東京都町田市所在の稲葉クリニックにおいて診察を受けたところ、同医院では血液(赤血球、白血球)、尿、肝機能等について検査したが著変は認められず主訴の原因は不明ということで終つた。血液等につき有機燐の分析検査はなされなかつた。

5  原告は、同四八年一月九日以降東京都千代田区所在の九段坂病院に通院し、同月一九日より同月三〇日までの間同病院に入院し、その後同年五月八日までの間同病院に通院して種々の検査を受けたが、同病院の池谷潤医師は原告を十二指腸潰瘍手術後肝臓障害と診断した。なお同病院においても血液等につき有機燐の分析検査は行われなかつた。

6  原告は、同年四月一六日から相模原市所在の北里大学病院に通院し、検査を受けたところ、血中より有機燐剤が大量に検出されたため、同年七月一〇日同病院に入院し、治療を受けた。同病院の石川哲医師は原告に下肢筋萎縮、つま先たれ歩行、記銘力障害を認め、慢性有機燐中毒(疑い)と診断した。そして原告にパム、アトロピン等を投与して治療した結果、原告の血中及び尿中の有機燐が減少して症状が改善し、原告は、同四九年二月二日同病院を退院したがなお、以後同五三年五月一二日まで同病院に通院加療をなした。

以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

四原告が被告において従事していた前記農薬散布と原告の前記疾病との間の因果関係

1  〈証拠〉によれば、東京大学、長崎大学、徳島大学、東京医科歯科大学、関西医科大学及び順天堂大学等の専門家は、昭和四六年度に厚生省の医療研究補助助成金を得たうえ慢性有機燐中毒の研究班を組織して慢性有機燐中毒の調査、研究を進めた結果、同四八年に慢性有機燐中毒診断基準をとりまとめたこと、右診断基準によれば、必発事項として眼症状(両眼)については「1視力低下(時に動揺)、2視野狭窄又は中心暗点、3屈折異常(成人では稀に正常)」が挙げられ、全身症状については「1錐体路徴候(下肢反射の亢進、バビンスキー現象など)、2下肢固有感覚機能低下、閉眼片足立ち不能、3自律神経症状の存在」が挙げられ、検査並びに治療において「1尿中又は血中より0.01ppm以上の有機燐が検出される、2臨床症状がアトロピン、パム、グルタチオン剤等で改善する」ものとされていることが認められ、これに反する証拠はない。

2  原告は、前述のとおり、昭和四八年四月一六日以降北里大学病院に入、通院して検査、治療を受けていたものであるが、この間の原告の症状については、〈証拠〉によれば、

(一)  原告の視力は終始1.2ないし1.5で低下していないが、テュービンデル定量視野計によつて検査すると両中心部に赤色のイソプター沈下が認められ、これは網膜中心部の赤色系の視感度が低下していることを示すものである。

(二)  原告の血中有機燐含有量は、同年四月一六日にはサリチオン(一)が0.094ppm、サリチオン(二)が0.009ppm、エカチンが0.026ppm、DDVPが0.029ppm、メチルパラチオンが0.006ppm、エチルパラチオンが0.005ppm、合計0.169ppmであつたものが、同年七月一六日以降パム、アトロピン及びパドリン等の脱燐剤を投与した結果、同年一〇月一一日にはDDVPが0.010ppm、サリチオンが0.003ppm、エカチンが0.003ppm、スミチオンが0.002ppm、合計0.018ppmに減少した。

(三)  原告の尿中有機燐含有量は、同年八月三一日にはDDVPが0.013ppm、サリチオンが0.001ppm、ダイアジノンが0.004ppm、合計0.018ppmであつたものが、同年一〇月一一日には検出されなくなつた。

(四)  原告の赤血球コリンエステラーゼ値は、同年四月一六日に2.3、同年七月一〇日に2.1、同年一〇月四日に1.8、同年一一月八日に1.5、同月二八日に1.8、同五二年五月二一日に1.8であつて、コリンエステラーゼ値に動揺があつたが、やがて一定化する過程を示している。

(五)  五度に亘る脳波検査によれば、いずれも深部脳幹障害を疑わせる軽度異常が認められた。

(六)  四肢筋電図検査によれば、原告に末梢知覚性ニューロパチーが認められた。

(七)  体ぶれの検査によれば、原告に横ぶれで、片足立ち機能の高度障害が認められた。

(八)  四度に亘る記銘力テストによれば、原告の記銘力の低下は強く改善はみられなかつた。

ことが認められ、これに反する証拠はない。

3  そこで右認定の原告の症状並びに治療の経過を前述の慢性有機燐中毒診断基準と対比して考察すると、原告の網膜中心部の赤色系の視感度が低下していること、原告の血中有機燐含有量が昭和四八年四月一六日には0.169ppmであり、尿中有機燐含有量が同年八月三一日には0.018ppmであつたものが、パム、アトロピン等の脱燐剤を投与した結果、同年一〇月一一日には前者は0.018ppmに、後者は検出されないというように著しく改善されたこと、原告には下肢筋萎縮、つま先たれ歩行、脳波異常、末梢知覚性ニューロパチー、平衡機能障害及び記銘力障害が認められること等からすれば、原告は慢性有機燐中毒に罹患していた疑いが極めて濃厚である。

もつとも、原告は、北里大学病院において診察を受ける以前に植田医院、森下胃腸病院、稲葉クリニック及び九段坂病院において診察を受けたが、これらの病院等においては慢性胃炎等と診断され慢性有機燐中毒については疑がもたれなかつたけれども、右病院等においてはいずれも血液及び尿中の有機燐含有量の分折ママ検査が行われていないのであるから、右病院等の診断結果をもつて原告の有機燐中毒の疑いを否定することはできない。

4  ところで、原告の血液及び尿から検出された有機燐は、サリチオン、エカチン、DDVP、メチルパラチオン、エチルパラチオン及びダイアジノンであつて、デイプテレックスはこれを検出されていないことは前述のとおりである。

原告は、この点に関し、デイプテレックスは長期間人体に入つていると代謝作用によりサリチオン類似の物質等に変化するのであるから、原告の血液及び尿中からデイプテレックスが検出されないことをもつて原告の慢性有機燐中毒の原因がデイプテレックスであることを否定することはできない旨主張する。

確かに〈証拠〉中にはデイプテレックスが人体内で代謝されサリチオンないしはそれに類似する物質に変化する可能性があるとの部分があるが、右は現在において化学的に確証されたものとは言い難いのみならず、仮にこれを肯定するとしても、そのことから直ちに本件原告が昭和四五年及び同四六年に行つた農薬散布中に体内に入つたデイプテレックスが、体内で代謝されサリチオン又はそれに類する物質に変化したうえ同四八年北里大学病院で血液及び尿の分析検査を受けるまで残留していたとまで推定することはできないところである。

また、前掲証人石川哲の証言中には、前記北里大学病院での検査結果顕出されたサリチオンの中にデイプテレックスが含まれている可能性があること、その理由として当時日本にはデイプテレックスの純品はなく、ガスクロマトグラフィーで検査しても両者のピークは同じ個所に出るからであるとの趣旨の供述部分があるが、〈証拠〉を総合すると、北里大学病院が前記検査を行つた昭和四八年ころ我国においてもデイプテレックスの純品は入手することができ、ガスクロマトグラフィーも存したから右器械を使用してデイプテレックスとサリチオンを分析(実験)することは可能であつたこと、同器械を使用して得られるガスクロマトグラム上では、デイプテレックスとサリチオンはそのピークの個所を異にすることが認められるから、北里大学病院においてもし当時原告の血液及び尿の有機燐分析結果により検出されたサリチオンの含有量中にデイプテレックスが存するとの疑がもたれたならば、ガスクロマトグラフィーにより分析をなすべきであつたのであり、これをなさずして波型の類似性の故を以つてサリチオンとして検出された中にその分子構造を異にするデイプテレックスを含むと断ずるのは合理的根拠に基づかない推論にすぎないものといわざるを得ない。石川証人の右供述部分はたやすく措信できない。

5  かえつて〈証拠〉を総合すれば、

(一)  原告方は農業で、昭和四五年当時田一反、果樹園四反(梨三反、栗一反)、麦畑五反を耕作しており、原告の父が主として農作業に従事していたが、原告もこれを手伝うことがあつた。

(二)  原告方では昭和三八年以降同五二年まで梨を栽培していたが、梨の殺虫剤として毎年四月上旬、五月上旬、七月中下旬、八月上中旬に、有機燐剤たるスミチオン水和剤四〇パーセントの希釈度八〇〇倍液を自動噴霧器を使用して散布していた。その他水田にも農薬による除虫をしていた。

(三)  右スミチオンその他の農薬散布作業には主として原告の父が従事していたが、原告も土曜、日曜等にはこれを手伝つていた

ことを認めることができ、証人大貫明の証言、原告本人尋問の結果(第一回)中右認定に反する部分は前掲各証拠と対比して措信できない。

6 以上によれば、原告の前記疾病は有機燐による中毒症状であるとの疑いがもたれるけれども、その原因がデイプテレックスによるものとの証拠はなく、かえつて原告の血液及び尿中よりサリチオン、エカチン、スミチオン等の有機燐が検出されていること及び原告が自宅でスミチオンその他の農薬散布に従事していたことからすれば、原告の本件疾病は、被告における公務の執行としての農薬散布が原因となつて発症したものではなく、他の原因(例えば自宅における農薬散布)によるものと窺えるところであつて、これを要するに、原告の本件疾病と被告における農薬散布作業との間には因果関係はないものといわざるを得ない。

五よつて、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由なきに帰するからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(安國種彦 山野井勇作 吉田徹)

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